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NY vs CD


8/28、浅野晋康監督『Catchball With ニコル』@下北沢トリウッド。
タイトルから勝手に妄想を膨らませたオレ内あらすじを記させてもらうと、「草原。少年たち。犬(ボーダーコリー)。ニューヨークヤンキースのキャップ。いろんなTシャツ。挨拶をする。冷たいお茶のようなもの。キャッチボールをする」と、なんか全然あらすじではなく申し訳ないのだが、脳内では乾いた草のにおいがするような気持ちいい短編を想像していた。全然違った。いや、気持ちいい中編だったというのはニアミスだったし、「ニューヨークヤンキースのキャップ」だけは合っていた。キャッチボールといえばベースボールキャップだ。そうだろう?
キャッチボール=コミュニケーションに関係するお話、という想像は外れないもので、ニコルさんは日本語ができないし「アニ」は英語ができない。そんな二人はキャッチボールをすることになるだろう。言葉は通じないだろ? ディスコミュニケーションなんやろ?
そういう話。

自分が浅野さんの『新しい予感』という映画にいたく共感したというのは、やっぱりそれがディスコミ(略)の話だったからで、このテーマは自分もけっこう昔から追ってきたものなれど、『新しい予感』ほど前向きに描けた試しはなかった。後ろ向きというほどではなく、前向きには違いないのだが、前を向くその角度が自分のより鋭角だったのである。前向きの鋭角さには青臭さがどうしてもつきまとうものだが、そのへんも照れずにやっちゃうところが好きだった。
でもそういう「におい」のようなものには、先天的なものと意図的につけられるものがあり、ものすごい大雑把にいうならば先天的なやつが作家性に、意図的なものが職人性につながると思う。両者を「意図的に」配合できる監督がすげーわけで、正直『新しい予感』ではどっちかわからんかったのだが、『Catchball〜』を観てはっきりした。浅野さんは「意図的に配合できる」監督。しかもこの作品ではくそまじめなところが緩和されて、いい意味で脱力したハッピーなコメディになっていると思った。
自分のように多摩川を根城にするか、荒川にするかでまた随分違うなあとも思ったが、ありえないことにこの作品はデートとかにも向いていると思われ、ほんと自主映画のイメージって変わったなあ。
付記っぽくなって申し訳ないが出演俳優は全員素晴らしかった。

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